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山内視弘お絵描き躁鬱人生

日々の出来事、闘病記、絵の事などをのんびりと。

1つに集中!

小さいころから、1つの事に夢中になる人間だった。

 

一度目の前にある物事に集中しだすと、周りが見えなくなり、熱中してしまう。

性格と捉えていいのだろうか。この感じ、今でも変わらない。

 

小さい頃は特に顕著に表れていた。

授業中、今日の給食が気になりだしたら何の迷いもなく席を立ち、献立を確認しに行く。板書をとらなければならないのに、絵を描くのに夢中で学習ノートにたくさん絵を描いていた。おかげで文字の代わりに、僕のノートは絵で埋め尽くされていた。

当時はゲームに夢中になっていた。年下のいとこがよく遊びに来ていたのだが、そのいとこがやっているゲームが気になり、強奪し、いとこの言葉を無視し、何時間もそのゲームをやった。

 

人付き合いにもこの性格が表れている。

僕は基本、自分が興味が無い人とは話さない。というか話せないのだ。

興味をもった人とは何時間でも話せる。その人の事をたくさんたくさん知りたいから。

でも、興味がわかない人との会話は、途端につまらなくなる。

そもそも何を話せばいいのかわからなくなるし、面白いことを話して笑わせようという気が微塵も起きない。

自分のコミュニケーション能力の低さには、我ながら嫌気がさす。これでは駄目だとわかっているのだけれど。

 

趣味の幅も狭い。

前は趣味をたくさん持とうとした時があった。でも、できなかった。いろんなことに手を付けようとしたのだが、何をしたらいいのか、頭の中がこんがらがってしまって結局何もできなかったのだ。

なので今は趣味は少ない。片手で足りる。音楽鑑賞、古本集め、散歩。たぶんこれくらいだ。

 

1つの事に熱中しすぎるので、物事の同時進行がとても苦手だ。

結構いろんな職に就いたが、「ああ、自分は会社勤めには向いてないかも」と度々感じさせられた。

会社というのは同時に幾つかの事を進めることが一般的だと思うのだが、自分は一個ずつしか進められないのでかなり苦労した。

「同時にやれ」と言われてやるはいいものの、頭の中では一個ずつしか処理できないので、慌てふためき、よく見落としをして怒られていた。

こんな感じだったので、僕はもう会社勤めは余りしたくない。

 

熱中しすぎる余り、当然思考の切り替えは大の苦手。

例えば、何か嫌なことがあったとしよう。普通なら「ま、いっか」で切り替えていけるだろうが、僕はそれができない。

一度その考えになったら、何か大きなきっかけが訪れない限りずっとそのことを考えている。

ポジティブな事なら構わない。でもネガティブな事だと、もう地獄だ。

負のスパイラルにどんどんハマっていき、被害妄想がどんどん膨らんでいく。次第に自分はこの世界に必要ないんだ、とか考えちゃって自殺することを考えちゃったりするわけです。すごくめんどくさい性格だ。

 

でもこの性格で、いいこともあった。

例えば僕が好きな絵など物を作ること。一つの事に対する集中の仕方はかなり自信がある。

まず一度始めると手を止めたく無くなる。結構な頻度で飯や休憩を忘れる。寝ることも忘れる。

何時間でもやれそうな気がするんだ。事実、短期大学の頃は3日間ほとんど寝ずに絵を描き続けていた。気持ち的には休むことは必要ない!という感じだ。

でも、気持ちはそうでも、体にガタがくる。実際不眠不休の代償はかなり大きい。何日も寝ないと異常な寒気や発汗、手足が小刻みに震えたりする。腹もめちゃくちゃ壊す。だから今は、もっとやりたい!という気持ちを抑制して、意識的に休むようにしている。

ほとんど休まなくても平気なので、作業量も結構多い。波に乗っている時は一日で30枚絵を描いた時もある。そういう時はイメージが沸騰した鍋の様に溢れかえってくるので、次から次へと描ける。楽しくてしょうがないのだ。

 

 

 

 

以前は、物事を同時に行えないことに、とても劣等感を感じていたが、今は逆に嬉しく思う。

1つの事に夢中になれる自分が今は好きだし、たとえ同じことの繰り返しだとしても、自分はルーティンが結構落ち着くので悪くはないなと思うようになった。

最近はやりたいことがちょっと増えたので、楽しい。

同時にはこなせないが、1つずつ、着実に進めていきたい。

 

 

一年後、どんな自分になっているのか、楽しみだな。