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山内視弘お絵描き躁鬱人生

日々の出来事、闘病記、絵の事などをのんびりと。

銀杏BOYZ、絵、僕。④

四回目。これが最後です。

 

 

短期大学を卒業し社会人になった私は、本当は就職なんてしたくはなかったのだが、親に口うるさく言われたので仕方なく就職した。絵は、描くと体調を崩すから描くなと言われ、描くことをやめざる終えなかった。短期大学を卒業してから一年間は筆を一切持たなかった。

仕事は全然うまくいかなかった。なのですぐやめた。やめたあとはバイトをした。バイトは飲食店でフルタイムで入っていたので、帰ってきたら寝て、起きたらまたバイトに行く日々。本当につまらない毎日。大好きだった絵も描けず、音楽も聴く余裕すらなかった。

半年ほどバイトをし、僕はまた就職した。実家からだいぶ離れた場所での勤務だったので一人暮らしを始めた。親の監視下から外れたので、やっと絵を描ける環境になった。久しぶりに筆をとり、絵を描き始めた。

一年も絵を描いていなかったので、かなり腕が落ちていた。自分が描きたいように描けない。とても悔しかったが、好きな事だし、他にやることがなかったのでコツコツと描いた。銀杏BOYZもこの頃からまた聴くようになった。

 

再就職先をやめた。そして実家に戻る。もう何度も辞めているので親はあまり言ってこなくなった。地元でまたバイトを始めた。この頃から絵を仕事にしていきたいという思いが強くなった。とりあえず、先人がどのような経緯で創作家になったか知りたかったので銀杏BOYZの峯田のデビューまでの経緯をもう一度調べた。それによって「自分もできる!」と心に暗示をかけた。同時に、自分が創作をする際に掲げるテーマを考えた。深ーく深ーく。なんで絵を描くのだろう、原点は、絵で何を伝えたい?などなど、考えられるだけ考えた。だいぶ考えが煮詰まったとき、気が付いた。「僕がやろうとしていることは銀杏BOYZにちょっと似ているな」と。

自分がずっと好きだったバンドと自分自身に共通点がある。とても嬉しい事だった。そこからは絵を描くことが楽しくて仕方がない。どんどんどんどん筆が進んだ。

イメージの雪崩。たくさん流れすぎて手が追い付かなかった。本腰を入れて描き始めてから一年間で、約800枚の絵を描いた。当然、創作するときのほとんどは銀杏BOYZを聴く。自分のイメージ、銀杏のイメージがうまくミックスされて絵画として表現される。

 

しつこいけど「山内視弘の絵画=銀杏BOYZ」なのだ。勝手にそう思っている。

 

銀杏に巡り合えたことは僕にとっての奇跡。多分、銀杏BOYZを知らなかったら僕の今の絵画の世界観はなかっただろう。

 

本当に、本当に。峯田和伸氏には感謝している。実際に会った時はないが。

 

 

 

 

 

今年の春に展示を二つ控えている。どちらも初の展示。昔は人に自分の作ったものを見せるなんて、自分のけつの穴を見られるくらい恥ずかしかった。

だけど、銀杏BOYZが僕に勇気をくれた。泥臭く、繊細な彼らの音楽。それを物怖じもせず、堂々と発表する彼らは僕に勇気と影響を与えてくれた。

 

銀杏BOYZ。これからも、勝手に追いかけさせていただきます。

 

初の展示、精一杯を振り絞っていきたいな。