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山内視弘お絵描き躁鬱人生

日々の出来事、闘病記、絵の事などをのんびりと。

銀杏BOYZ、絵、僕。②

前回に引き続き、「銀杏BOYZ、絵、僕」です。

 

 

同世代に銀杏BOYZの理解を得られなかった僕は高校生になった。結果から言うと銀杏の認知度は中学校の時と大して変わらず、寂しいものだった。

 

高校に上がれば、音楽の趣味が大体固まってくる。

僕は銀杏のボーカル、峯田和伸が聴いていたバンドをいろいろ聴いたりしていた。ニルヴァーナ、グリーンデイ、ボアダムズ、など、なんだかいけ好かない周りとは違うんだと言わんばかりの選曲だった。

 

ちょっと時間が戻るが、中学校の時に銀杏の影響でギターを始めていた。あの頃は銀杏のスコアブックを買って、曲をコピーしたものだ。銀杏のコピーバンドをすごくやりたかったが、そもそも知っている人がほとんど居ないので実行せずに終わってしまった。高校に入ってからもちょくちょくギターを弾いたりしていた。ただ、部活が忙しく毎日は弾けなかったが。

 

時間が戻って高校生。この頃から絵を描くときに銀杏の曲を聴きながら描くことが増えてきた。だけど、高校生の時に描いていた絵は特にテーマも決まっていないラクガキばかり。ただ単純に、作業用のBGMがほしくて聴いていたのだろう。この頃はお小遣いをちょっともらえるようになっていたので、銀杏のムック本、峯田のブログ小説「恋と退屈」を購入した記憶がある。今でも大事に、僕の本棚に保管してある。

高校3年生の頃はほとんど誰とも会話をしなかった。まさに暗黒期。そんな時に僕に寄り添っていてくれたもの、それがミュージック、銀杏BOYZだ。朝早く学校に到着し、教室に入る。僕は一番窓側の自分の机に座り、イヤホンをつけ、銀杏BOYZの曲を大音量で聴いていた。授業と授業の合間の短い休み時間でも、聴いていた。とにかく休み時間になったら銀杏を聴いていたのである。教室は息苦しさがあった。でもイヤホンをするだけで、峯田の声、安孫子のベース、チン君のギター、村井のドラムスが僕を救済してくれた。それだけが僕の心の支えのような気がした。

銀杏BOYZに助けられながら、僕は高校生活を終えた。

 

美術短大に進学した。ここでもどうせ銀杏好きな人はいないのだろうなあ、と思っていたが、いた。数えるくらいしかいなかったのだが居たのである。さすが美大。わかっていらっしゃる。同じものが好きな人が居たので大学はやっぱり楽しかった。自分の好きな銀杏の話もできるし、絵の話、美術の話もできる。中学、高校に比べてとても居心地がよかった。

美大に入ってから絵のテーマを考えるようになった。テーマを考える時、僕は銀杏BOYZを参考にしてきたことが多い。DVD「僕たちは世界を変えることはできない」を何度も繰り返し見た。そこには銀杏BOYZの、峯田和伸の曲作りに対する姿勢や向き合い方、考え方が詰まっていた。峯田和伸というアーティストに僕は釘付けになり、崇拝、参考にしたのである。だから作品テーマも銀杏のようなテーマを扱ったものを創ったりした。ただ、僕は影響されやすい。美術業界の有名なアーティストを知れば、その人を参考にしたりもした。

 

 

今日はここまでにします。次回も「銀杏BOYZ、絵、僕。」