読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

山内視弘お絵描き躁鬱人生

日々の出来事、闘病記、絵の事などをのんびりと。

銀杏BOYZ、絵、僕。

自己紹介 音楽

僕は音楽を聴くとき、同じアーティスト、同じ曲を狂ったように何回も何回もリピートして聴く。だから特定の曲だけ、再生回数が数千回になったりする。こんな聴き方をしているので、音楽の知識は限りなく狭く、深い。そんな僕の狭い音楽の世界で、ひと際強い光を放ち、かつ、どす黒い闇を垂れ流しているバンドがある。そのバンドの楽曲は僕の中で、一番再生回数が多いことは間違いない。

そのバンドとは、「銀杏BOYZ」というバンドだ。

今回は僕と銀杏BOYZの出会い、そして銀杏BOYZが僕にどんな影響を与えてくれたかを書いていこうと思う。

 

僕が銀杏BOYZと出会ったのは中学1年生の時だった。それまで僕は音楽に関してはかなり疎く、親父がスカパーで見ていた古いアニメの主題歌やゲームサントラなどを聴いていた。流行りの曲などはほとんどわからず、周りの話には全然ついていけなかった。

そんな、音楽にあまり興味が無い僕は、出会ってしまったのだ。銀杏BOYZに。

僕には同じ中学に通う2個上の兄がいた。その兄が部屋(中学の時、兄と一緒の部屋だった)にいるときにいつも聴いてるとてもうるさい曲があった。それが銀杏BOYZだったのである。最初はただのやかましい曲だと思っていた。音量が高すぎて音割れがひどいし、何よりちょくちょく耳に入る単語が汚い。寝る時に流すもんだからたまったもんじゃなかった。でも、毎日聴いているうちに少しずつ歌詞が頭の中に入ってきた。そこで気づいてしまったのだ。

「なんか、よくわからないけど、すごくいい!」

ただ、うるさいと思っていた曲が、良曲に変わった瞬間だった。まず歌詞がいい。けしてうまい言語表現をしているわけでは無いのに、聴いていると自分の声に出せない気持ちを代弁してくれているような気分になる。ただうるさいだけだと思っていたサウンドも心臓を鷲掴みにされたような、ドキドキして興奮が収まらなくなる中毒性のあるサウンドへと変化して聴こえた。

そこからはどっぷり浸かっていった、銀杏BOYZに。学校にいるときは聴くことができなかったので、家にいるときはずっと聴いていた。その時あったのがファーストアルバムの「DOOR」と「君と僕の第三次世界大戦的恋愛革命」だったのだが、何度もループして聴きまくった。歌詞が好きだったのでノートに気に入った部分をまとめたりもしていた。個人的に好きな曲を厳選したミックスアルバムも作ったりした。あまりに好きすぎて、学校の机に銀杏BOYZの歌詞を掘ったこともある。

ただ問題だったのが、世代が違うがゆえに知っている人がほとんど居なかったことだ。僕の兄の世代は結構、銀杏で盛り上がってた。しかし、僕ら世代はというと知っている人はほとんど居なかった。

銀杏BOYZ?何それ。」

みんなこんな感じだった。

銀杏BOYZ!知ってる知ってる!」

たまーに知っている人が居るんだけど、知っている曲を聴けばBABYBABYとか銀河鉄道の夜とか銀杏BOYZの前のバンドGOING STEADYから人気があった曲しか知らない。

違うんだ、違うんだよ。もっといい曲がいっぱいあるんだ。銀杏には。

いつもそう思っていた。

 

銀杏BOYZが好きがゆえに、中学の頃、迫害を受けたこともある。主にエグザエル信者達に。音楽の価値観がきっかけの抗争は怖いものだ。

 

 

今日はこの辺で。次回も「銀杏BOYZ、絵、僕。」です。