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山内視弘お絵描き躁鬱人生

日々の出来事、闘病記、絵の事などをのんびりと。

絵と私③

自己紹介

絵と私、三回目。高校編だ。

 

高校の試験になんとか合格した僕は、入学したらやりたいことを考えていた。バイトをしてもいい高校だったので、バイトをしてお金を稼いで、好きな漫画をたくさん買い、たくさん絵を描こうと考えていた。しかし、入学早々中学校の時と同じように同じ高校に通っていた兄に、ハンドボール部に強制入部させられた。入学した高校のハンドボール部が県内でも1位、2位を争うほど強く、全国大会にも顔を出すぐらいの割と強豪校だったので、練習が死ぬほどきつかった。家に帰って来る時間も遅く、体中バキバキでとても絵を描く事なんてできなかった。

しかし好きな事なので描かないとストレスが溜まる。

いろいろ考えた結果、学校にいる間に描くことにした。僕は母親の仕事の関係上、朝早くに学校に到着していたので、ホームルームが始まるまで絵を描いた。僕は学校の勉強が好きではなかったので、授業中も当然、描いた。ただ、ノートだけはとった。後でテストに響くと思ったからだ。だが、授業のノートをとるのがすごく退屈な作業で途中で飽きてしまい、ノートの隅っこにラクガキをよくしていた。おかげで僕の高校の時のノートはラクガキだらけである。先生に提出しろと言われたときは焦ったものだ。普通に提出していたが。

高校2年生の時の学校祭の準備が始まったころ。学校祭イベントの一つとして、各クラス、ベニヤ2枚分ほどの大きさのパネルに絵を描きましょうというものがあった。僕のクラスで誰がそれをやるか、という話し合いで僕が選ばれた。僕は高校の時、こういう学校行事にはあまり参加したくなかったのだが、まあ、絵が好きだしやってみるか、という事で引き受けた。早速制作に取り掛かった。僕ともう一人、パネル絵を担当するやつがいたのだが、そいつにはほとんど筆を持たせなかった。雑務を担当してもらい、僕が一人で描いていく。自分の意地というか、他人に描かせたくなかったのだ。(このスタンスは今でも変わらない。僕は共同制作とかたぶん向いてない。一人で黙々とやるのが好きなタイプなのです。)パネルが完成し、提出。そこで知ったのだが、このパネル絵、コンテスト形式で順位を決めるらしい。そして学校祭当日になり、順位が発表される。結果は1位だった。あまり素直に喜べなかったけど、ちょっと嬉しかった。

高校3年生になり、僕は心の調子を崩した。それまでかかわっていた人ともほとんど関わらなくなり、学校で独りぼっちだった。教室に居づらかったので、こっそり抜け出してよく保健室に行き、絵を描いていた。この頃から僕は女の子の絵ばかり描くようになった。保健の先生から「どうして女の子ばかり描くの」と聞かれた時があり、「理想の女の子を描いてるんすよ」と答えていた。家でも絵を描いていた。この頃は家族ともほとんど会話をしなかったので、正直、絵だけが救いだった。ひたすら描く。描いて描いて描きまくった。絵もかなり上達した。この頃になると自分よりうまい絵を描く人は学内に居なかった。だから、なんだか張り合いが無くて面白くなかったな。

3年生になり、進路が決まってくる人がちらほら出始めた。僕はぎりぎりまで決まらなかった。そもそも就職したいのか進学したいのかすら決まっていなかったのだ。先生に呼ばれる。親も一緒に。いろいろ聞かれた。「やりたい仕事はないのか」「興味ある職種は」そもそも普通の仕事をしたくなかったので「就職はしたくない」と答えた。「じゃあ進学か」とりあえず「はい」と答えた。でも何を学びたいのかわからなかった。「お前は絵が得意だったな」と先生に言われる。「はい」と答える。「うちの卒業生で何人かこの短期大学を受けている。みんな合格はしていないが。絵も学べる短大だし受けてみたらどうだ」なんだか楽しそうだったので「はい」と答えた。それが秋田公立美術工芸短期大学だった。

そこから受験に向けてデッサンを始める。とりあえず実家からちょっと歩いたところにある絵画教室にいった。鉛筆の使い方などを教わり描き始めてみた。生徒は僕一人。先生も隣で同じモチーフを見ながら描いている。2時間ほどして、先生に終わりの合図を受け講評が始まった。先生の作品と僕の作品が並べられる。はっきり言って、その時は僕はデッサン超初心者だったが、先生よりも全然うまく描けてた。嬉しかったが、自分よりも絵がへたくそな先生に教わることなど何もないと思ったので、すぐに行くのをやめた。絵画教室に行くのをやめたころ、ちょうどいいタイミングで僕が受験する短期大学主催のデッサンスクールが行われることを知った。早速応募。受験までそこに通うことになる。そこでは、他の受験生よりもやっぱり描けてた。講師からの評価もよく、受験も問題ないだろうと言われた。しかし、自分としてはもっと上達したかったので「厳しくお願いします」と講師に伝えた。そこからがすごい。他の受験生と扱いが全然違う。毎回ボロクソに叩きのめされた。何度か心が折れそうになったが、耐えた。今思えば、あの体験が現在生きているなあと感じる。

無事、受験にも合格。高校の先生陣から「すごい、すごい」と称賛を浴びる。合格した短期大学がレベルが低かったのであんまりうれしくなかった。でも、美術系の短期大学に進学が決まり、「将来は芸術家かなあ」とこの頃、ぼんやりと考えていた。

 

 

今日はこの辺で。また次回。