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山内視弘お絵描き躁鬱人生

日々の出来事、闘病記、絵の事などをのんびりと。

自己紹介。ゆらり、ゆらり。

これから不定期で、のんびりと、ブログを続けていくわけだが、第一回は僕の自己紹介をざっくりとしていこうと思う。まずは僕という人間を知っていただきたい。

 

僕は1993年9月18日に秋田県湯沢市で母親が勤務している総合病院で生まれた。

名前は「山内視弘(やまうちのりひろ)」。名前の由来はとんねるず木梨憲武から「のり」をとり、後ろに「ひろ」をつけて「のりひろ」だそうだ。「のり」の字が当て字になっており、理由は画数が良いからだそう。(余談だがグーグルで山内視弘と検索すると僕のTwitterやらウェブサイトやらが一番上にくる。そちらも気が向いたら是非)

そんなこんなで僕は秋田のド田舎に生誕した。

幼少の頃は元気な子だったようだ。でもどちらかというと一人遊びが好きだった記憶がある。工作をしたり、絵を描いたり、とにかく物を作ることが好きだった。いわゆる美大生の幼少時代的な感じ。運動はあまり得意ではなかったので、同性からはよくからかわれていた。思い出せば幼稚園くらいの時は誰かと遊ぶときは女の子と遊んでいたことが多かった。

そして小学生に。小学生になったとたん、まったくと言っていいほど落ち着きがなくなる。椅子をガタガタ揺らすし、じっとしていられない。一番ひどかったのは高学年になってからだ。授業中に座っていたことはほとんど記憶にない。後ろの人に話しかけるわ、壁に貼ってある給食の献立を見に行ったりするわ、先生方からは「問題児」として扱われていた。当然周りの同級生は迷惑するわけで、即いじめの対象に。でもあの時はなんでいじめられているか、さっぱりわからなかった。めちゃくちゃ仲がいい友達なんて当然居なかったので、この時はひたすら絵を描いていた。

小学校を卒業、中学生へ。僕は性の目覚めが割と早く、小学4年の頃だった。そのころからとにかく女の子と付き合いたくて仕方がなく、中学生になることを心待ちにしていたのだ。中学生になると同時に僕は「デビュー」した。兄が通っていたイケてる美容室に行き、流行りの髪形にしてもらい、眉毛も整えた。すると女の子達からそれなりに評価を得ることができた。しかし、その評価も長続きはしない。持ち前の落ち着きのなさ、空気を読めない発言により、一部の人を除いて離れて行ってしまった。結局、一番華やかな記憶になるであろう中学3年生は、いじめられて過ごした。(しかし、中学時代はいい意味でも悪い意味でもたくさん思い出がある。山内視弘中学編を機会があったら、また話そうと思う)。

 

中学を卒業して高校に進学するわけだが、続きはまた今度。

今日は疲れたのでそろそろ寝ます。おやすみなさい。